紅はいらぬ、剣を持て。『剣と紅』ー高殿円
戦国つながりで、もうひと作品。
大河ドラマ『おんな城主 直虎』で有名になった井伊直虎を主人公とした小説です。
ていうか「剣と紅」で検索したら、三島由紀夫の暴露小説が出てきたんですけど。
「剣と寒紅」っていうやつ。三島由紀夫と同性愛関係にあった著者の作品らしいです。
さて。
井伊直虎を主人公とした物語で、彼女が生まれてから亡くなるまでの生涯が描かれています。
ただ、この物語は普通の歴史ものではなく、主人公・直虎を先見の明を持つ特殊な人物としており、彼女は幼いころから「小法師」としてものごとの吉兆を予知することのできる巫女として領民から受け入れられています。
女ながら領主として君臨できたことを、「神懸かり的な存在」として説得力を持たせているんですね。
大河ドラマでも「竜宮小僧」なる座敷童のような存在が示唆されていましたが、同じようなものでしょうか?(大河は見てません。。。)
井伊直虎について記載された文献はとても少ないそうです。
そのため、直虎の名前(大河だとおとわですが、こちらでは香(かぐ)という名です)や、小野政次の関係も創作要素を多分に含んでいます。
それでも話の流れや展開に無理がなく納得できます。
また、当時の勢力図についてもきちんと説明されているので助かります。
井伊谷(直虎たちの領地)は直虎の祖父の代で戦に敗れ、今川氏の配下に下っていますが、昔ながらの氏族で固まり親類内で婚姻を続けていた閉鎖的な井伊家は従順な家臣ではなく、直虎の存命中にも度々家を取り潰しされそうになるという憂き目に合います。
決して大きくもなく力も強くない井伊家がいかに戦国時代を生き抜いていくか、というのが良く分かります。当時、家を潰されるということはとても大きな意味をもっていたんですね。。。
<あらすじ>※ネタバレあり
香(かぐ)は幼いときから何か悪いことが起こるとその先触れを感じることができた。
大雨により川が決壊するというときにはその兆示を先見し、多くの領民の命を救ったことから幸福をもたらすという「小法師」として神のように崇められていた。
しかし、彼女自身は兆示を見ることが出来ても自分の力では何もできないため、自分の力を忌み嫌っていた。
香は、和歌よりも漢詩、綺麗な着物を着て楽器を奏でるより野山を駆け回る方が何倍も好きな、男勝りな少女に育つ。
香には、幼馴染で許嫁である従兄弟・直親がいた。
素直で明るい直親は、頭でっかちで子供らしからぬ賢さを持つ香にとっては、唯一仲良くできる少年だったのだ。
しかしながら、そんな二人を悲劇が襲う。
謀反の兆しありとして、直親の父親が今川に殺されたのだ。
さらには直親をも殺せとのお達しがあり、井伊谷は直親を逃がそうとにわかに慌ただしくなる。父親との別れもきちんと済ませぬまま、もう生きて戻れない覚悟をもって井伊谷を後にする直親。
この事件には、井伊家家臣である小野家が今川に密告したとの裏があり、香も飄々として食えない小野家の長男・政次を警戒する。
悲しみにくれる井伊家の葬儀の際、嫌がる香につきまとう政次は、土産だといって香に口紅を渡す。
香はその口紅を拒否し、もののふに必要なのは剣だと説く。
そして、政次の死に化粧をするのは自分だ、と言う香。
直親の父が死に、井伊家の時期当主として期待されていた直親も失った今、井伊谷での小野家の勢力は一層強くなっていく。
小野家は政次を井伊家直系の姫である香の婿に据えて、井伊家を乗っ取ろうとしていた。
周囲の勢力に押され、また政次も本気で香を娶る気でいる中で、香はどうしても政次の妻になる気が起きなかった。
感情が読めず食えない男だが、香は政次を人間としてはむしろ好きな部類だと捉えていたが、彼女の人に見えぬ力が、どうしても政次は駄目だと告げているのだ。
とうとう香は政次の目の前で髪を下ろし、尼になることで政次の妻になることを避けた。
尼になってから、彼女は自分の人ならざる力をコントロールしようと励むが、悪い予感を察しても対抗することはできない。
香の父で井伊家当主である直盛が戦地に赴くときも、井伊谷に戻った直親がその陰謀を見破られ今川に向かうときも、彼らが死ぬと分かっていて何もできなかった。
彼女はただの女子に過ぎず、何の力も持たなかった。
現実に打ちひしがれる香に政次が言う。「男におなり下さいませ、香さま。」
井伊家の血筋が絶え、滅んでしまう前に。
香は還俗し、名を直虎と改め、女領主として井伊家を支える決意をする。
まだ幼い直親の子・直政が井伊家の跡継ぎとして成長するまで、井伊谷を守ると。
物語の語り手は、成長した直政です。
養母がいかにして女ながら主となり故郷を守ってきたのか、主君である徳川家康に語っているのです。
養母・直虎は生涯でただ一度だけ、紅を差した、その理由を。
直虎の生涯をドラマティックかつ歴史に忠実に描いているのですが、特に重要な要素として、香と政次の関係があります。
香は井伊谷のものを数多く葬ってきたこの切れ者の部下のことを、嫌いではありません。彼が小野家のために行動していることも、その譲れないものも理解できるし、一度は本気で夫婦になるとも考えていた相手なのです。
政次も政次で、香のことは巫女として敬意を表し、それ以上にその人柄に惹かれていました。いつもは人を食ったような態度で何手も先を読んでいるのに、香の前だとその皮がはがされてしまうのです。
表向きは敵対していても、互いを認めている。
香は死に際を飾ってやると約束しているし、政次は彼女だけを畏れている。
作者はこの二人のなんとも形容しがたい関係に非常に魅力を感じていたことが伝わってきます。
政次の計らいで直虎が地位をはく奪されるシーン。
政次は香を現人神として畏れていたけど、本当は人間であって欲しかったんだなと思いました。
自分と同じ、ちっぽけなんの力も持たない、ただの人間に。
それほどに香を愛していたんだなって。
香も、誰からも神懸かりとして扱われて距離を置かれ、その責務に押し潰されそうな自分を、ただ一人人間として見てくれる政次のことは憎からず思っていたんだと思います。
二人の間に言葉はないけれど、政次の死後彼の死を弔う香のシーンは、ふたりがやっと互いの立場に縛られず向き合うことができて、自由になれたんだなって。
史実では直虎の代で井伊家はお家取り潰しになり、直政が成長して徳川家に仕えてからようやく復興出来るんですけど、もはや井伊谷に本拠は無いんですよね。
直政が彦根城主になるから、井伊谷の家臣たちはみんな彦根に行ってしまうんです。
だから、あの地に残された井伊家は直虎が最後なのかな?
女ながら男として生き、家を守るために戦った直虎。
彼女の秘められた歴史がこの物語なら、夢が広がります。
大河との違いも感じつつ、是非読んでみてください。
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