それは、24時間歩き続ける青春『夜のピクニック』ー恩田陸
私も高校時代、歩行祭があったんですよ。
2年に1度、全校生徒で1日歩くっていう学校行事が。
朝9時くらいにグラウンドをスタートして、午後3時くらいに戻ってくるという。
コースは2パターンあって、距離は長いけど平坦な道を進むか、短いけど登山かっていうくらい険しい道を進むか、毎回違ってました。
山道はほんとに傾斜が鬼のようにきつくて、獣道ってくらい整備されてなかったんで、私は断然平坦コースが良かったです。
うちは半日だったけど、物語りの中じゃ仮眠挟んで24時間だもんね。
私なら救護バス乗ってるわ。
丁度歩行祭の前にこの『夜のピクニック』を読んで、それ以来何度も読み返してしまうくらい好きな本。
大人でも、子供でもない高校三年生の二人が、歩行祭という非日常を通して、自分や相手の気持ちに向き合うお話です。
<あらすじ※ネタバレあり>
甲田貴子の高校には、修学旅行が無い代わりに、「歩行祭」という変わった行事がある。
それは毎年、全校生徒で約80キロの距離を24時間かけて歩き通すという、考えただけでも気が滅入りそうな行事なのだ。
貴子は高校三年生。これが三度目で、最後の歩行祭となる日に、貴子は一つ、自分との賭けをした。
それは、自分の異母兄弟であり、一度も話したことのないクラスメイトの西脇融と話をすること。
貴子は母親と西脇融の父が不倫して出来た子供で、あろうことか正妻の息子である融と同じ学校・同じクラスになっていたのだ。
そうした複雑な事情があって、融は自分の家庭を壊した貴子を嫌っているし、貴子は貴子で負い目を感じていて、二人はお互いを意識しているものの会話したこともなかった。もちろん、周囲のクラスメイトは知る由もない。
それでも、父親が亡くなった今では、たった一人の血の繋がった兄弟。
貴子は卒業して進路が別々になってしまう前に、この一大イベントを通して、融に「父親の墓参りに行こう」と言いたかったのだ。
ただ、みんなと歩く。
たったそれだけの行事だけど、友人のいつもと違う一面を知ったり、もくもくと歩く中で考えを整理したり、いつもと違う風景を見たりすることで、貴子たちは自分の気持ちに向かい合っていく。
海の向こうへ渡った杏奈の秘密とおまじない。
いつも完璧な美和子の告白。
落ち着いててしっかりしている千秋の、溺れたいほど好きな人。
クールに見えて情に厚い戸田の密かな後悔。
そして、頑固で不器用な融の、割り切れない感情。
貴子はずっと、融のことが知りたかった。
自分と同い年の、自分と半分血の繋がった兄弟。
二人はどことなく似ていて(顔じゃなく)、貴子はなんとなく融の本質や思考を想像できるけど、でも本当は言葉で理解したいと思っている。
それが自分に向けられる憎しみや怒りであろうと、正面から受け止めたいと思っている。
戸田はそれを、「引き算のやさしさ」と言った。
憎まれてもいい、許してくれなくてもいい。
それが彼女の強さで、だからこそ融も貴子を憎み切れず、それどころか羨望を向けている。
融はそんな自分が許せなくて、家庭を壊した甲田親子を「憎まなければ」と思っている。
それが一人残された母親の為だし、それ以上に今までの自分を否定することになるからだ。
不倫した家の子供が、自分と同じような、それどころかもっと幸せそうな家庭にいていいはずがない。罰を受けるの貴子で、自分は被害者だ、と。
融は貴子を徹底的に拒絶する。目も合わさないし、口もきかない。
でも本当は、貴子と同じくらい兄弟のことを意識している。
しなやかで凪いだ海のような彼女のことを、好ましく思っている。
貴子は賭けに勝ち、深夜の勢いで融に「誕生日おめでとう」と言うことができた。
融もそんな貴子に拒否反応を示すこともなく、ただ「ありがとう」と応える。
それが本来のあるべき姿とでもいうように。
二人は親友たちの協力もあり、はじめてお互いを見つめることができた。
親の不倫という、生まれながらの問題に縛られるあまりに、今まで見えなかったものを見ることができた。
二人はただの個人として、そしてたった二人の兄弟として、お互いを好ましいと受け入れることができたのだ。
物語はハッピーエンド。
続きは二人が紡いでいく。
この作品、映画にもなっているんですけど、こちらも非常に良い作品です。おすすめ。
多部ちゃんがかわいいのよ!
まさに貴子、ってかんじの、老成してるけどやっぱり高校生って感じが。
融役の石田卓也の武骨な感じもまんま融だし。
彼は「蝉しぐれ」にも出てるんですけど、武士の子っていうか今どき珍しい硬派な役柄がとても似合いますね。
あと、時をかける少女の千昭役の声優もしてますよ!未来で待ってる!
私も歩行祭したことあるから分かるんですけど、
疲れてると本音っていうか本性出るよね。旅行とかでもそう。
ほんま思いついた下らんこととか口をついて出てくるし、誰も突っ込まないから言いたい放題。で、最終的に無言。
しりとりが意外と間を持たすとか。
でも、歩いてる時が一番考えがまとまる。
散歩してるときとか、特に景色とか見てないのにつらつらといろんなことが浮かんでくるんだよね。
歩きながら話すことで、作中でも沢山のいままで知らなかった、多分歩行祭が無ければ一生知ることのなかった事実が出てきます。
貴子と融の関係しかり。杏奈の好きな人しかり。戸田くんの元カノしかり。
みんな、言いたくても言えなかったんだよね。
特に融の、憎みたくても憎み切れない感情が、貴子とふと言葉を交わすだけで解かれていく流れが、とてもよかった。
一人で頑張ったような気になって肩ひじ張って生きてきた融が、やっと自分や取り巻く環境を許せたような。
貴子は最初から許していた、っていうか、立場的に許してもらう側だと思っているから、あとは融だけだったんだよね。
ああ、良かった。
願わくば、これは歩行祭だけの夢になってしまわぬよう。
おわり。